みなさんこんにちは!1988年生まれ、生まれた時から不景気な中村めぐみ(@Tapitea_rec)です。今回は、1990年代のC-POP・台湾音楽で、よく知られている曲を紹介します!
- 1990年 林強 Lin Chung - 向前走(前へ進め)
- 1990年 黃克林 - 倒退嚕(退がれ!)
- 1992年 江蕙 Jody Chiang - 酒後的心聲
- 1994年 張雨生 Tom Chang - 我期待 (official 官方完整版MV)
- 1996年 任賢齊 Richie Jen - 心太軟 Too softhearted
- 1998年 黑色餅乾 (Black Biscuits) - 時機 (Timing)
- 1999年 五月天 Mayday - 瘋狂世界 World crazy
- まとめ
1990年 林強 Lin Chung - 向前走(前へ進め)
林強 Lin Chungは、1964年生まれの歌手・音楽家・プロデューサーです。「向前走」は、1990年12月にリリースされた同名のアルバムに収録されています。
1980年代までの台湾音楽界といえば、演歌や歌謡曲がまだまだ強く、若者たちは閉塞感を感じていたそうです。そんななか発表されたポップ・ロック調の「向前走」は当時の人々へ洗練された印象を与えたそう。
歌詞では、夢見る若者が、故郷や両親に別れを告げて都会へ旅立つ様子が前向きに描かれています。
この名曲は現在に至るまでも歌い継がれており、アジアのスーパーバンドと呼ばれる五月天 Maydayや、林宥嘉 Yoga Linによるカバーも存在し、後の世代のアーティストたちからリスペクトをあつめているのがわかります。
これは女性歌手・許茹芸 Valen Hsuによるオシャレアレンジ!2011年に発売された「你聽見了(我)嗎?」に収録。ストリングスアレンジで、聴きやすいですね!
2019年は台湾のヒップホップアーティスト・熊仔 Kumachanによりリアレンジされています!ぜひ聴き比べてみて下さいね!(なお、熊仔は、林強の『向前走』が発表された1990年生まれです。)
【音源入手先】
原曲
1990年 黃克林 - 倒退嚕(退がれ!)
1947生まれ、台湾のラジオDJ・ポップス歌手の黃克林 ファン・ケーリンによる「倒退嚕(退がれ!)」です。
この曲は、No.1で紹介した林強による「向前走(前へ進め)」の流れを汲んで発表された作品で、音楽性は、台湾の民族音楽や宗教音楽がベースになっています。伝統的な行事のときにもたびたび歌われているそうです。
【音源入手先】
オリジナルバージョンが見つからないので、こちら台湾の「董事長樂團」とのコラボバージョンをご紹介します!
1992年 江蕙 Jody Chiang - 酒後的心聲
1961年生まれの女性歌手・江蕙 Jody Chiangによる1992年に発表された大ヒット曲「酒後的心聲」です。台湾語で歌われています。
まあ正直、2019年の耳で聴くと、「横浜の中華街の料理屋で流れてそうですな」という感想になりますよね。日本人の方へ「大ヒットしたからといってなぜ名曲なのか、江蕙がなぜすごいのか」を説明するためには、台湾の歴史に触れなければいけません。
【台湾の歴史(超高速)】
台湾は、1895年から1945年、第二次世界大戦で日本が敗れるまで、日本の植民地として、日本の支配下におかれていました。音楽教育では、本国と同様の教育をするために、日本の唱歌を浸透させる動きなどがある一方で、地元に伝わる文化にもそれなりに敬意を払っていたとの説もあります。
1949年から台湾では、中国大陸から台湾へ逃れてきた蒋介石政権による本格的な統治がはじまり、戒厳令が敷かれ、「近代的な中国人」としてのアイデンティティを育むための教育が始まりました。
実際、戒厳令下の音楽の教科書では、西洋の音楽を除いた中国語曲のうち、半数以上が中国の曲、台湾語の曲は半数以下で、台湾語曲の歌詞も北京語に翻訳されるような扱いを受けていたそうです。
もちろん、台湾語歌謡がなくなったわけではありませんが、台湾語曲は「おじいさん、おばあさんが聴くもの、古いもの」といった位置づけにされていたそうです。
しかし、1987年に戒厳令が解かれ、自由な表現ができるようになり、「新しい台湾語ポップス」が次々と発売されます。(冒頭でご紹介した向前走もその一つですよね)
この流れの中、1992年に発表された、江蕙による「酒後的心聲」は、当時では洗練された音楽性のポップスソングで、洗練されたメロディに台湾語の歌詞がついている、ということ自体がすごいことなので、多くの台湾人が皆この作品を受け入れ大ヒット…という流れだったそうです。
今も、台湾語で歌う歌手やアーティストは増えていて、中国語曲・台湾語曲の両方が音楽シーンに存在しますが、これも先人たちの努力や感性があってのことだなと感じます。このエピソードを知ってもらえたらと思います。
【音源入手先】
↑原曲
↑香港の歌手、サンディ・ラムによるカバー。
1994年 張雨生 Tom Chang - 我期待 (official 官方完整版MV)
張雨生は1964年生まれの歌手、音楽プロデューサーです。魅力的な高音ハイトーンボイス&超歌が上手いことで人気に火が付き、31歳にこの世を去るまで精力的に活動をしていました。
特にこの「我期待」は彼を代表する作品で、2008年の台湾映画「九降風(邦題:九月に降る風 もしくは 九月の風)」のエンディング曲に採用されました。
【音源入手先】
1996年 任賢齊 Richie Jen - 心太軟 Too softhearted
1996年生まれの俳優・台湾ポップス歌手の任賢齊。日本ではリッチー・レンで知られています。1990年にデビューして以来、多くの映画・ドラマに出演し、歌手としても多くの作品を残しています。
リッチーにとって転機となったのは、1996年、滾石唱片よりリリースされた「心太軟」です。本人は、もしこのアルバムの販売成績が良くない場合、スポーツ記者への転身を考えていたそうです。しかし、予想に反してこのアルバムが売れたので、リッチー・レンは今でも芸能界で活躍しています(売れてよかった)
2001年に台湾で開催された第34回IBAFワールドカップには、テーマソング「再出發」を提供しています。
【音源入手先】
1998年 黑色餅乾 (Black Biscuits) - 時機 (Timing)
これはちょっと変化球なのですが…。
1990年代後半に日本テレビ系で放送されていた、当時の看板バラエティー番組、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』内で誕生した音楽ユニット「ブラックビスケッツ」。中国語では黑色餅乾といいます。
台湾のマルチタレント、ビビアン・スー(徐 若瑄)がメインボーカル、ウッチャンナンチャン・南原清隆、キャイ〜ン・天野ひろゆきの3人の豪華メンバーによるユニットで、4枚のシングルを発売しました。
ブラックビスケッツは、当時、既に番組内で発生していた音楽ユニット「ポケットビスケッツ(ポケビ)」を潰すという名目のもと誕生し、番組の企画内で様々な対決が行われました。
タイミング(時機)は1998年に発売された2枚目のシングルです。日本人作曲家によるものなので、厳密にはC-POPと言えないかもしれません。
(以下、2019年8月16日追記)
しかし、「時機(タイミング)」「輕鬆(Relax)」の中文版の作詞を手掛けて以降、ビビアン・スーによる他のアーティスト作品への作詞提供がはじまっています。
その中には、中華圏の大スターであるジェイチョウをはじめとし、同じく人気歌手の羅志祥(ショウ・ルオ)、方大同(カリル・フォン)などのメンバーも。
そのため、ブラックビスケッツの誕生が、C-POPシーンに与えた影響は少なからずあるとも言えるのではないでしょうか?
(情報提供元:ゆうこ @atyoucoさん。ありがとうございました!)
https://t.co/xKqMQXHLrG
— ゆうこ(歯痛ぎみ・白内障😎術後リハビリ中) (@atyouco) August 14, 2019
中国語版まとまってた。で見ればわかるけど作詞提供は凄いメンバー。
JAY leehom F4メンバーに香港勢も。
皆彼女に書いてもらってるのよ。
【音源入手先】
↑このアルバム、ブラビから発表されたシングルの日本語版と中国語版の両方が収録されています。
1999年 五月天 Mayday - 瘋狂世界 World crazy
2019年でデビュー20周年を迎えたアジアのスーパーバンド五月天 Maydayの1stアルバム「五月天第一張創作專輯(Mayday's First Album)」の1曲目です。1999年リリース。
わっ若…!の一言。でも、どんな才能もココから始まったんだと思うと本当すごいと思います。
2019年にリアレンジしたバージョンがこちら。初期バージョンのスキマあり気味なサウンドからするとかなり進化していてバンドの成長が感じられます。
【音源入手先】
↑Amazonでは中古品の扱いがありました
まとめ
いかがでしょうか?今回は、1990年代に台湾でリリースされたC-POPの一部を紹介しました。今のC-POPシーンや、インディーズシーンがお好きな方も、ときどきちょっと昔にリリースされた曲を聴くと新たな発見があるかもしれません。色々聞いて、知識を深められたらと思います。
それでは、再見!
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