前回のあらすじ:
30歳になった私は、憧れの「音楽ライター」の案件を獲得し、テンション高く仕事に取り組む日々を送っていた。「持ち札をすべて場に出していくお姉ちゃんの行動が上手い事実を結んでいる」という妹の感想を受け、かつて高卒ニートだった私の手に「持ち札」が入ってきたのはどうしてだろう?と、ふと立ち止まって考えると「人との出会い」が自分を成長させてくれたことに思い至った。
その出会いとは、日本人だけではない。異なる言語、文化、商習慣を持つ台湾人たちーしかも、表舞台には出ない<メディア人>の姿があることに気付いたのであるーーー
「わたしを成長させてくれた
4人の台湾音楽メディア人の話」
ーVol 1 「顔も名前も知らない台湾人の口座に送金した日のこと」ー
翻訳者:カリンさんとの出会い
- ひとりの力には限界がある
- 全部安パイじゃないなら賭けるしかないじゃん
- 初対面以下の台湾人に仕事を依頼するリスクとは?
- 騙されて当然。私に人を見る目が備わってない可能性があるから
- カリンさんの仕事ぶり
- わたしは差別していた
- そして次の出会いへ
- 次回へ続く
ひとりの力には限界がある
「ひとりで記事づくりをするのは厳しいかもしれない。」
そう感じたのは、2018年、とある台湾のインディーズバンドのE-mailインタビュー企画へ取り組んでいた時のことだ。
企画を進行するにあたり、課題となっていたのは言葉の壁ーつまり、中国語翻訳を誰が引き受けてくれるか?という悩みだ。
では、どうすれば良いのだろうか?ない頭をひねり、3つの選択肢を思いついた。
選択肢1・自分でなんとかする。
選択肢2・日本人の翻訳者を今から探す。
選択肢3・台湾人の翻訳者を今から探す。
全てが「絶対に安パイ」とは言えない選択肢だ。
まずは、選択肢1。私の中国語力は低いし、たとえ翻訳ツールを駆使したところで、良い記事になるかは微妙だ。
選択肢2も微妙である。音楽の知識のある日本人翻訳者に出会えるのだろうか…。
さらにアテがないのは、選択肢3。超仲良しで、心からのお付き合いをしている台湾の親友達はいるけれど、翻訳スキルを持つ人はいない…はぁ…どうしよう。
...いや待てよ。
唯一、頼りにできそうな存在として浮かび上がったのは、Twitterで交流のある台湾人の学生〈カリンさん〉の存在だった。
全部安パイじゃないなら賭けるしかないじゃん
カリンさん(@msf0116)は、Twitterで知り合った台湾人のひとり。大学で日本語を専攻しており、日本語のスラングも上手く使いこなしている。そんな彼とは、音楽という共通の趣味を通して、少しずつ交流を重ねていた。
また、インタビュー対象のバンドの大ファンということもあり、翻訳をお願いする候補として思い至ったのだ。
「カリンさんはまだ学生なので、翻訳のアルバイトの実績はなさそう。でも、全てがうまくいく可能性に賭ける価値はあるかも。」
そういうわけで、カリンさんに記事づくりに協力してもらえるよう、作戦を固めていくことにした。
初対面以下の台湾人に仕事を依頼するリスクとは?
とはいえ、当時、カリンさんと私は親しい仲とは言えず、むしろ顔も名前も知らない。この時点ではまだ、信頼関係が構築できているとはいえなかった。リスクについて十分検討をしなくてはいけない。
リスク1・仕事を受けてもらえない可能性すらある。(信頼が構築されていないのはお互いさま。)
リスク2・仕事ができない人の可能性がある。(その時点では、カリンちゃんの能力が見えていないため。)
リスク3・翻訳アルバイト料だけ受け取って逃げられる可能性がある。(すごく優しくて丁寧そうだが、実は超悪い人の可能性をまだ残している。)
などなど。
しかし、ふと手を止めて思いついた。
「これって、視点を変えると、人を見る目を養ういい機会では?」と。
騙されて当然。私に人を見る目が備わってない可能性があるから
少し話は飛ぶが、私はこれからも需要がある限りは、台湾の音楽を日本へ紹介する活動を続けていきたいと思っている。その活動を続ける上では、「人を見る目」を発揮して、相手の人となりを判断する機会もあるかもしれない。
だから、仮に今回のケースでお金を持ち逃げされたとして、その原因は相手ではない。「私に人を見る目がなかった」というだけの話。
つまり、これは「台湾人に仕事をお願いする」というジョブのようで、実は私の「人を見る目」を知るいい機会だ。そんな経験ができるなら、たとえ一時的に大変な思いをしたとしても、良い経験になるだろう。
私は、賭けることに決めた。ウダウダと被害者ヅラしてる場合じゃない。たとえ顔も名前も知らなくても、いいや。一旦信頼して、いっぺんやってみる。
そう決心して、Twitterを開き、DMで「台湾のインディーズバンドにまつわる翻訳のアルバイトに興味はありませんか?」と連絡したところ、すぐに「興味あります!」という返事をもらえて、バチバチのギャラ交渉がはじまった。
ーーえーっと、翻訳料についてご希望はありますか?
「経験がないのでなんとも。ぐーちゃんにお任せするということでどうでしょう…」
ーーえーっと…私も経験がなくて。Googleで検索したところ、相場はこのくらいらしいので、相場のおおよそ倍でいかがですかね?
「え、本当ですか」
ーー大事な記事なので、本当。
支払い条件は、ペイパルで半額を前払い、半額を後払いとすることに。祈るような気持ちで送金を済ませ、依頼原稿を送った。ああー、音楽の神様、どうか、うまくいきますように!
カリンさんの仕事ぶり
送金してから、約3日後。まず驚かされたのは、仕事の速さだ。締め切りをひとまず一週間と設定していところ、大幅に前倒しで草稿をもらえたのである。
そればかりではない。カリンさんには、細かいところに気づく丁寧な感性が備わっていた。さらに元々そのバンドのファンのため、メンバーのキャラクターもよくわかっているし、こちらの質問に対する答えについても、的確な返事をくれるのだ。
こんなにうまくいくなんて……。
原稿が思っていた以上のクオリティになったことが嬉しかったし、それ以上に自分を恥じた。
わたしは差別していた
「結果よければすべてよし」とはよく言ったもので、今回、たまたまいい翻訳者に出会えただけの話かもしれない。そして、リスクを事前に評価するために考え抜いたこと自体は後悔していない。
しかし、顔と名前を知らない、というハンデはあったにせよ、同じ条件で相手が日本人だったらここまで警戒していただろうか?
自分の本心と向き合ってみると、その根底に「外国人に騙されるのでは?ちゃんと仕事をしてくれるだろうか?」と心配する気持ちがなかったかといえば、嘘になる。
思い起こせば、これまでの人生で、外国の方に騙されたことなどなかった。意地悪をしてくるのはいつだって、日本人だったじゃないか。
はっきり言って、私は「外国人だから」という理由で先入観を持ち、警戒していた。それは差別だ。この子は一生懸命仕事をしてくれたのに…。
私は反省して、その分、原稿のクオリティが上がるよう、作業にのめり込んでいった。だって、大事なことに気付かせてもらったんだから。
そして次の出会いへ
そんな出来事から一か月後、無事にインタビュー記事を公開した。
この記事はバンド側にもとても喜んでもらえて、Facebookで紹介までしてもらえた。その投稿には、300人もの方からいいねをもらえた。
一方、開設したばかりのTapioca Milk RecordsのFacebookページなんて、まだ8いいねくらいだったと思う。でも、かなり満足していた。
しかし、私はまだ知らなかった。 このことがスタート地点となり、台湾音楽シーンの距離がどんどん縮まっていくだなんてーー
次回へ続く
次回、「台湾で、返せない恩を受けた日の夜」はコチラ。