「知人」- Tizzy Bac たくさんの思い出と感情と共に、中年が届ける遺作

 

わざと顔を合わせないことで安心する

故意不看清你的臉 這讓我感到安全

いつか君は僕の元を去るだろう、だから想わずにはいられない

有天你離開我身邊 才不會想念

 

-Tizzy Bac「失速人生」

 

1990年代に、ロック=ギターという既成概念を変革したバンドといえばBen Folds Fiveですが、台湾にもスリーピース・ピアノ・ロックバンドがいます。1999年結成の、Tizzy Bac。


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ベン・フォールズスタイルを継承し、鍵盤を打楽器のように弾くパワフルプレイと、レジーナ・スペクターのような芯のある歌声で、鬱々としたメッセージをクールに発信するチェン・フイティン(陳惠婷)。

 

硬質で音数は多いものの、しっかり土台を支えるドラム、チェンユァン(前源:本名/林老杯)。時にギターのようなディストーションも駆使しながら、ジャズ、ポップス、ロック、クラシカルなど幅広い音楽性に対応するベーシスト、ジャーユー(哲毓)。

 

決して「Give me my money back」と歌ったりはしないであろう、3人が生み出すニュートラルかつ少し冷たいイメージと、爆発力に溢れるライブがTizzy Bacの魅力です。

 

多くのバンドがそうであるように、初期はシンプルに、活動を重ねるにつれシンセサイザーなども多用し、表現の幅を広げてきました。2013年にリリースした5thアルバム「易碎物」(日本語では「壊れ物」の意味)」では、「探索時間之謎」「這是因為我們能感到痛」などに見られるように、ストリングスやオーケストラの音色を豊富に取り入れています。

 

「易碎物」以降、Tizzy Bacはメンバーの関係性の悪化により、バンド活動を休んで距離を置きながら、少しずつ関係性の修復を試みていました。そして2016年、ようやく練習を再開しようとしていた1週間前、ジャーユーが癌であるという宣告を受けます。

 

「哲毓の病気は、私たちの関係性を根本から解決してくれましたが、その結末は私たちが望んだ代償ではありませんでした。病気のメンバーがきっかけで仲直りをするくらいなら、解散した方が良いと思っていたのですが、(起きてしまった以上)どうしようもないことです」

 

そしてジャーユーが2018年に帰らぬ人となるまでの間、6thアルバム「知人」は創られました。

 

「知人」Tizzy Bac
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01 金翅雀
02 我所深愛的人們
03 擱淺的鯨魚
04 Lucy Dreams (Feat. 落日飛車)
05 深海怪物
06 沙漏
07 The River(in the Holiday Season)
08 Ce soir
09 暗黑博物館
10 暴風
11 勿忘我
12 失速人生

 

 

アルバム全体に3人で過ごした最後の日々が宿り、悲しみが深い影を落としています。

 

1曲目『金翅雀』は、TizzyBacが結成初期から得意としてきた3拍子のクラシカル・スタイル。愛に飢え、渇きを感じ、遠くの理想郷を目指してもそう遠くは行けない鳥に人の成長をたとえます。

 

続く『我所深愛的人們』は、王道のピアノ・ロック風バラード。自分が傷ついても深く愛する人たちを守るために尽力する人の気持ちを描き、「泣かないように頑張っても、生き残ろうと頑張っても、時が来たら何ができるのか?」と問います。

 

Sunset Rollercoasterが参加した4曲目『Lucy Dreams』は、起きていても眠っていても、夢の中にいる感覚をレトロかつサイケデリックな世界観でつくります。

 

日本語で『砂時計』を意味する6曲目『沙漏』は、「世の中に魔法の砂時計があったら、時間を止めたり過去に戻ったりして後悔なく過ごせるかもしれない。でも時間は例外なく、愛さえも奪っていく」というメッセージ。このMVはジャーユーの死後間もなく公開され、多くのファンとともに、悲しみを共有しました。

 

そして、Tizzy Bacの決意表明とも取れるのはラストを締めくくる『失速人生』。オルガンによる和声、シンプルなドラムスとベースラインによるミニマムな構成ゆえに説得力が引き立ちます。「君を失い、失速した人生でも、最後の日まで生きていこう」

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失速人生のMVは、喪服を想起させる黒い衣装を身に纏うメンバー達が、黒い車で旅をするロード・ムービー風。3人の旅の結末は、ぜひMVを最後まで見て確認してみてください。

 

アルバム全体に、ジャーユーの存在と喪失が感じられ、多くのコンテキストから成る12曲で構成されるアルバム「知人」。英語タイトルは「Him」と訳されますが、言わずもがなジャーユーのことであり、私達一人ひとりにとっての知人を代入できます。

 

私たちは、愛を渇望し、知っているようで知らないような気がした「知人」のために尽くし、失い、ときに失速をしたとしても、また会える日を夢見て生きていくのでしょう。

 

Tizzy Bacは今も、フイティンとチェンユァン、そしてライブではサポートメンバーを迎え、精力的にバンド活動を続けています。